英語勉強法から学ぶ自炊
元グーグル日本法人社長による英語勉強法を自炊勉強法へと昇華してみようと思う。
私の元々の自炊のスタンスとして、作る前からごちゃごちゃと頭で考えすぎており、ある意味、思考停止に陥っていた感がある。
自炊は頭で考えない。
自炊を体に覚えさせる。
自炊を使える筋肉を追加していく。
私が好きな映画に『TENET』というものがある。
『BATMAN ダークナイト』や『インセプション』といった名作を生み出している巨匠である。
そのTENETのある1シーンでこんなセリフがある。
「Don’t try to understand it. Feel it」
つまりは、ごちゃごちゃと頭で考えるんじゃねぇ、感じろということである。
これである。
自炊を感じるのである。
ごちゃごちゃと考えずに自転車に乗るがごとくに体で覚えていこうということ。
私たちにとって、自炊は十分条件ではない。
自炊は必要条件なのである。
自炊とは、世界の公用語である。
グローバル化した社会とコミュニケートするには自炊は不可欠といっても過言ではない。
たしかにレシピ本やインターネットで瞬時に世界中の料理の作り方が手に入る時代ではある。
しかし、手に入れた情報を本や携帯の画面を見ながら、これとこれの食材が必要で、この食材は薄切り、この食材はさいの目に切る、このタレを作るにはこの食材が、えーっと、大さじ1と1/2か、そして、まずははじめに油を引き、香味料から炒める、なんてことを本や携帯を目の前に置き、いちいちやっていたら、せっかくの情報を有効に使えるとは言えないのではないか?
「まぁ、男が料理なんて出来なくても、母親、妻、もしくは彼女がかわりにやってくれるから問題ないよ。」
「自分の親もそうだったし、それが当たり前じゃない?」
今、目の前にそんな思考回路を持っていた過去の自分がいたら、横っ面を平手打ちしていたことであろう。
私もかつてはそう思っていたさ。
男が料理なんて…、タイパも悪いし、料理なんて時間がかかるものはアウトソーシングしたほうが他のことに使える時間が捻出できるしねっと。
そうやって自炊に関して、思考停止してしまっているほうがある意味、脳の心理的負担も減るしねっと。
しかし、しかしなのである。
自炊が出来ない、自炊を身に付けようとしないというのは、これからの時代、もう通用しないのではないだろうか?
料理が出来ないということは、自分の口に入るもの、または身近にいる家族の口に入るものの全権を他者に委ねるということ。
よくよく考えてみると、これってとてつもなく恐ろしいことだよね。
他者に委ねたものでカラダを壊したとしても、誰も責めることはできないのである。
それを勧めてきた他者やそんなものを作ったメーカーが悪いと声を荒げても、時すでに遅しなのである。
それを選択した、「自分が悪い」のである。
だって、自分のカラダに入るものに対して思考停止して、他者に委ねてしまっているのだもの。
「自分や家族のカラダは己の自炊で作る」
このくらいの気概で私は育休中に料理を考えていきたいのである。
そうでもしないと、この共働きの時代に、もし妻、家族、家族から三行半を突きつけられた日には…。
想像に難くないだろう。
自炊道
料理を始めるのに、遅いなんてことはないと思う。
私自身、40代からのスタートである。
まぁ、多少なりとも1人暮らしをしていた時に思いついた時に気まぐれで作っていたとはいえ、系統立ててやっていたわけではないので、ほぼほぼゼロスタートである。
自炊ができれば、自分の健康を高めることのみならず、身近にいる大切な人にふるまえる。作った料理をインターネットの普及でどこにいても、いつでも発信することもできるし、世界中の人と友達になった時に家に招待した際には、その料理をふるまうことも可能となるのである。
村上氏は英語を学ぶ上において、「筋トレ」のようなイメージを持つことの重要性を語っている。
リスニングを例にとってみると、英語には、私たち日本人の耳には、非常に聴き取りにくい周波数の音が入っている。これがリスニングを困難にさせている。そこで知力で対抗しようにも太刀打ちできないのも想像に難くないだろう。必要なのは、耳の筋力である。
ボディメイクのトレーニングと同じだという。
何の負荷もかからない軽すぎるダンベルを何百回持ち上げても筋肉はつかない。
持ち上げられるか、持ち上げられないか、という瀬戸際の重さを持ち上げて負荷をかけることで筋肉はついていく。
自炊も同じである。
筋トレのように、少し背伸びしたら届くか届かないか程度の負荷をかけながら行っていくことで高みへと到達できるものだと思う。
そのためには、ひたすらに料理を作っていくことしかないのである。
レシピ本やSNSで映える料理を美味しそうって言って、ただただ見てるだけでは身につかないのである。
村上氏は英語学習におけるリスニングにおいて、100%を目指してたら、一向に先に進めないという。
1回ザザッと聴いて、「ハイ、聴けた」でいいという。
料理も同じである。
レシピを見て、100%そのままで再現しなければならないというマインドは落とし穴である。
作りたい料理があって、レシピ検索して、1回さらっと見て、チャチャッと作る。
材料が1つくらい足りなくたって、調味料が1個くらい足りなくたって、肉や野菜の切り方がレシピ通りじゃなくても全然いいじゃない、そのくらいのマインドでいきたいものである。
村上氏は断言している。
英語学習において、私たち日本人には、英作文は出来ない。無理であると。
そんな我々には“英借文”するしかないのだと。
この気づきを得てからは、ものすごく気持ちが楽になったという。
自炊もこれに当てはめて考えてみたい。
そもそも、プロの料理人や海千山千の料理研究家じゃなければ、今まで誰も食べたことないレシピや映えるレシピなんてものは、考案する必要なんてない訳だし、そもそも土台無理。すでにあるレシピを借用するしかないのである。
つまりは、
「徹底的にパクっていこうよ」
こう思ったら、これから自炊筋を鍛える上でとてつもなく、気持ちが楽になるのである。
目的地が決まっていない飛行機は飛べない
そのためには、まずは自分が思い描く自炊のあり方、ゴールとも言うのだろうか、着地点を明確にする。
そこから、必要とされるレシピを本やSNSから、使えそうなものをストックしていく。
他人の書いた文章のアレンジャーになる。
これが「英語を書く」ための極意であるという。
自炊に当てはめると、
・ゴールの明確化
・必要とされるレシピのストック
・徹底的にパクる
段々、何か朧気ながら見えてきつつあるような気がする。
一筋の光が。
育休中に自分や家族のために料理を深めたいと思い、本屋に出向くもレシピ本の津波にPTSDを受け、挫折しそうになるも、村上氏のメソッドがひとつの光明になってきている。
日常の英会話では、「あいさつ」、「依頼する」、「質問する」、「意思を伝える」、「相手の意向を聞く」といった、この5項目以外の必要に遭遇することはほとんどないという。
実際に、村上氏は最初のアメリカ研修の3ヶ月間、この5項目における基礎的な表現だけで生き抜いていけたそうであるから驚きである。
ただ、この5項目が通用するのは、生き抜くのに最低限必要な日常生活での会話だけであり、状況次第では、もう少し応用が必要になってくるという。
守破離
そこで氏がおススメするのが、
自分自身に関する100の文章を、もちろん英語で、前もって作って丸暗記しておくということ。
仕事、友人、趣味、スポーツ、出身地、好きな食べ物などなど。
まず、自分についての100パターンの英文を作っておくのが肝なのである。
例えば、相手と会話していて、その枠組みから外れるようなことになろうとも、なかば強引でも自分の枠組みの中に会話の中身を持っていくのであるという。
とにかく、自分自身に関する100の文章を駆使して、自分のペースで話していれば、英語が出来る人という印象を植え付けることが可能になるという。
事前に、日本語を英語に直してないから、いざ会話ってときにしゃべれない。英語が出てこないのである。いきなり英語で何か話せと言われたって、準備が出来てなければ誰だって話せない。日本語でだって、準備してなければ、オタオタしてしまうことがあるだろう。
私が目指す自炊もこうでありたいと思う。
いざ、料理を作ろうって時に目の前にレシピ本や携帯でレシピを見ながらって、実にまどろっこしいし、かっこつけとしては、ダサいよね。
どうせやるんなら、いかにも料理できる人風に、ちょっと即興で2、3品作っちゃったYoー、みたいにさ、見せたいじゃないか。
こうして英語学習法を自炊に当てはめて考えてみた結果、自分の求めるゴールがなんとなく見えてきた。
・ゴールにむけて必要なレシピのストックを本やSNSで100個抽出する
・これを前もって、がんがんに丸暗記する
・あとはひたすらにアウトプットする
・100レシピを展開していく中で、どんどん洗練され、さらには膨らんで、バリエーションがついてくる正のスパイラルを作る
目指せ、Wellness Recipes 100
じゃあ、その100レシピは何をアンカーとして抽出していこうか?ということになる訳だけれど、そう考えたときに、もともと、健康とかダイエットのメソッドに興味があったから、健康関連本を並行して読んでいき、それを反映していきたいと思う。
こうして、育休中における自炊の方向性が見えてきた。
ゴールは、
・100レシピの抽出及び丸暗記
・健康関連本100冊程度に目を通し、wellnessな食事の傾向を探る
・抽出したレシピのアウトプットの反復
・100レシピからの上昇スパイラルの構築
・最終的にはそのレシピが自分及び家族を〝Well being〟にする
・そのレシピは育休が明けてからも、展開できるような再現のあるものでなければならない
英語学習において、英語漬けになって、2台目の自転車のように乗り方を身につけてしまえば、選択肢は、無限に広がり、仕事におけるチャンスも増えるだろうし、休暇の楽しみも増えるという。
これを自炊にあてはめてみると、
ある期間に自炊漬けになって、料理の型を自転車に乗るかのごとくに身につけてしまえば、自分の口に入るものへの選択の権限を自分がにぎることになり、それがひとえに健康への担保にもなるし、妻、彼女、または子どもといった家族を喜ばせることも可能になるのである。
そして、そのスキルは〝一生もの〟であり、無限の可能性を秘めているのである。
こうして、村上式シンプル英語勉強法を借用して、自分の自炊メソッドへと昇華する試みを行っていったわけだけれも、今、隣ですやすやと眠っている子のオムツから破裂音とともに芳しい香りが漂ってきたところで、この試みに一旦、終わりを告げようかと思う。
今すぐにでも、オムツ交換のため、パソコンの前から離れなければならない。
さもなければ、オムツから芳しい香りとともに濁流となって、洪水さながらに大惨事が引き起こされかねないのである。
村上氏に背中を後押しされていると勇気をもって、もう一度、本屋へ出向き、レシピ本のラビリンスへと誘われ、これだと思う数冊を手に入れに行きたいと思う。
まずは、そこからである。
コメント